鑑賞『016:絹』
わあーー久しぶりの更新です。TB1〜133のなかからのピックアップです。
■ さっき見た流星のこと話そうよ絹で巻かれた貸しビルの中
(新田瑛)
「絹で巻かれた貸しビル」というふしぎな風景に惹かれました。おそらくは実際にそうなのではなくて、繭をイメージしているんじゃないかな。「貸しビル」というのはなんだろう、オフィスか、マンションの一室なのでしょうか。いずれにしても、借りることは出来ても自分の意のままにはならない、仮の意味合いが含まれているようにおもいます。想像の繭の中に、ふたつの個体。「さっき見た」という、これから先ではない過去のことを、それも流星という、とおい、今よりずっと以前の、消えていったひかりの話を。しようよって、話しかけてる。それだけでもう、内側に満ちてゆくせつない願いを感じます。どこにも行けない逃避行みたいです。
* * *
ちなみに。。直接は関係ないかもなんですけど、このお歌を読んで思い浮かんだものがあるのでちょこっとご紹介。作者である新田さんの脳裏にはあったのかも、とおもいつつ。
巨大な建造物などを布で覆うアートを展開している美術家が実際にフランスにいらっしゃいます。クリスト、ジャンヌ・クロード夫妻。島や海岸まで包んじゃったりするの。ジャンヌは残念ながら一昨年亡くなられましたが、日本では去年、彼らの展覧会がありました。作品はこんな感じ。すごいよ! http://www.excite.co.jp/ism/concierge/rid_12972/
鑑賞『012:堅』
TB1〜125のなかからのピックアップです。数ヶ月ぶりに自転車に乗りました。雪解けあとの、まだ砂だらけの道をおっかなびっくり走ってます。走ってますか、歩いていますか、前へ。
■ 紙削る砂消しゴムの堅さもてインディゴブルーのあの日残りぬ
(竜胆)
砂消しゴムの質感。インクを削り落とすべく紙と擦りあわせる際の、あのざりざりとした感覚が胸にひりひり迫ってきます。そのように、砂消しゴムの質感は心的なものでもあり、また情景そのものでもあって。夕暮れて、どんどん夜に近づき、粗くなっていくひかりの粒子を感じます。「あの日」。忘れられない日。砂消しゴムがこんなふうに風景やこころと繋がっていくなんて、すてきです。
鑑賞『009:寒』
TB1〜139のなかからのピックアップです。今回は好きなものがたくさんありました。寒さ、すこしずつやわらいできましたね。うれしくて、すこしさみしい。あの寒さこそが、私の。いのちのふるさと。
■ 寒空をうすく切りとる促音のきみの「きっと」に照らされている
(紗都子)
促音の切っ先。促音の、ひかり。うすく切りとるのが寒空であることから、その先があたたかな芽吹きの季節であることを予感させます。「きっと」って言葉。祈りと、意志だよね。お歌のひびきもきれい。
■ 名前のない季節のかけらあたたかいてのひらで君は寒さを閉じる
(藤田美香)
冬と春の混ざりあうところ。季節に正時ってないですよね。あいまいな境目、「君」のあたたかいてのひらにも、名前はなくて。名づけないという、主体と君との関係性をふくませながら、いまこの時をたいせつに想っている主体の眼差しを感じます。
■ はかなしないのちをむすぶむつのはな寒さを重ねて椿は白し
(周凍)
「むつのはな」、雪の別称だそうです。「むつのはな」と椿の花をイメージで重ねつつ、ますます椿は白になるという意識がすてき。端正な文語でなぞるうつくしい景色。
■くすぐられ続けた自負に流れ込む寒流だったと思う親潮
(久哲)
なにがあったのでしょう。具体的なことがらは書かれていませんが、鋭い指摘・忠告といった類のものに間違いないようです。親でしょうか、「親潮」とあるし。いま静かに、思い返しているんですね。
鑑賞『007:耕』
無事ですか。無事ですか。みんな、無事でありますように。ほっかいどうにてこの数日、衝撃と無力感で頭がパンパンになっていました。けどちがうよね、そうじゃないよね。幸い被害なくすんだ街にいるからこそ、私は自分のいつもの仕事をいつもどおり誠実に遂行して、得たもので、ほんのすこしでも、買って支える。寄付して支える。ミジンコみたいな個人の力を、そうやって、すこしずつ束ねていくこと。積もって積もって、つながっていくのだとおもうのです。がんばる。
『006:困』は飛ばします、多謝。『007:耕』TB1〜148のなかからのピックアップです。
■ ほんとうに甘いのでしょう(その恋は)水耕栽培された苺は
(星川郁乃)
まずこの響きに惹かれました。三句以降たたみかけるようなサ行の響き。恋とサ行の摩擦音って、相性いいよなーといつもおもいます。水耕栽培の苺についてし詳しくないのですが、土とはまた違って養分とか酸素とか、あれこれ手間をかけて丹念に育てていくイメージ。むかし我が家の庭にあった、放っておいても気づいたら自然と赤くなっていたあのたくましい苺とはちょっと違う感じです。(その恋は)とされる恋は、きっと水耕栽培の苺のように繊細につないできた関係なのでしょうね。それを「その」恋とやや遠巻きに呼ぶ主体自身の恋のことも、ちょっと気になる一首です。
鑑賞『004:まさか』
お題ひとつ飛びまして『004:まさか』です。TB1〜136のなかからのピックアップです。わあーむずかしいお題だけど、おもしろくもありますね。ひねったものだと「たまさか」で詠まれたものが多かったです。多すぎて逆に印象に残りにくかったかも。あと、個人的には「たまさか」の響きは文語で活きるようにおもいます。
■ あまさから苦さへ至る道すじを君におしえるカラメルソース
(紗都子)
あまい。苦みまで、濃厚なあまみ。自分ひとりで確認するんじゃなく「君に教え」ているからかもしれません。お題がものすごく自然に編まれていてすてきです。初句の「から」と結句の「カラ」でぐるり繋がる感じもいいですね。