鑑賞『短歌研究新人賞』(2014年・第57回) 最終選考通過

続いて最終選考通過作より。

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■ 縄張りを示す残紙を卓上に置きおにぎりを温めにいく
  勝敗が生死を分ける席にいる、違った、ゆっくり分かれる席だ
   (若狭愛)
残紙、という言葉に過酷な業界事情がみえてくる その確保した席にすわり おにぎりを食べて 延命する ゆっくりと敗れていく


■ 夕暮れの向こうに君をんっ、んっ、とみている夏のアセロラソーダ
  昼の風にことばはゆれているんかなあ 南の窓にみえる夏草
   (古賀大介)
擬音語に喉がみえる 二首目とても好き のんびりと、けれどはっきりと 想うことだまのこと


■ エクセルの五万行目にメッセージ残し会社を去らむと思えば
  税務署の横に「やすらぎの園」があり税務署に似た外壁である
   (井月巻)
エクセルで描く深海 やすらぎの園もまた、逃れられない、景観・まちづくりの一環として自治体とか国のほうを向いている


■ 大学ではみんなみたいな歌を聴きみんなみたいな人になりたい
  タンクローリーにシチューを詰め込んできみの家まで国道でゆく
  つつじの蜜吸いに夜な夜な出窓から羽ばたいてゆくノートパソコン
   (工藤玲音)
なれてない、そのなれてなさ 少女のまま妖怪へ 好き


■ 朝からの雨受けとめる水たまりおまえも踏めば小さく叫ぶ
  決心がゆらぐのは朝 蝉ならば生きてはいない十日目の朝
   (文月郁葉)
一首目、雨を受けとめる水たまり、が興味深い 水たまりも元は雨と呼ばれ その集まり 心に溜まるもの、自身は何がしか変わっていき さらに迎え続ける 逼迫感だろうか 悲鳴はどこへ届くだろう 二首目、なにがあってからの十日目だろう 蝉との比較 恋愛だろうか 掲載作全体にかおる、じんわりと 迫りくるもの 二句目の朝と結句の朝の、微妙な温度のちがいとか 好きです


■ 何だっけ映画に出てくる動物の名前 何だっけ動物の種類 何だっけ動物って
  わたしが世を去るとき町に現れる男がいまベルホヤンスク駅の改札を抜ける
   (フラワーしげる
アクセルの踏みかた、以前と変わりましたか スピード配分の変化 以前は上句にここまで定型の収まりはなかった憶えがあります それゆえ今作の、下句での疾走感がたまらない 改札をすべり抜ける男の残像がたなびく駅構内 『男』より『わたし』よりも鮮やかなベルホヤンスク駅の存在


■ 野菜ジュース満ちて光れる朝々を渡れネクタイを白き帆として
  ここからは見えない角度で延々とテレビどこかで燃えている山
   (辻聡之)
その帆の白 しかし揺れて汚れそうでもあり 仕事との折合いのつかなさみたいなものを感じる 暗示のような野菜ジュース


■ 猫が首を鏡の中に突っ込んで抜けなくなっているのを助けた
  甲羅だけ異様に長い亀が顔をこちらに向けて「リムジン」と言う
   (鵜飼信光
顔をこちらに向けて! 助けた、助けられた、愛とやさしみの分母に ユーモアの分子が乗っかっている おとな ですね


■ 病院と質が同じになっている自分のからだ(びょういんのからだ)
  あのからだが存在しない雪は降り雪降り積もり雪消えてゆき
   (やすまる)
病のひとに手を預けていることを このように詠むことで 厳しい状態であることが伝わってくる 雪にみる たましいの


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フラワーしげるさんの感想、先述のTwitterのものに少し書き足しました。たまらんよね。たまらん。