鑑賞「002:暇」

TB1〜181までのなかから、お気に入り短歌のピックアップです。ちょっと少なめですが、ぎゅっと凝縮の三首を。


■ 夏。腿に痣あるひとと味わった暇日の宵の温きしたたり
   (理阿弥)
宵、おそらくは夜でなく夕暮れ、部屋の隅が闇と同化しはじめる頃合いの。温きしたたりの源泉は「宵」ではなく「腿に痣あるひと」なのでしょう、そしておそらく、恋人ではない。夏の怠惰なねじれが引き合わせ、けものに近い部分で時間を共有した異性の温度を、日常のほつれでふとおもいだす、そんな瞬間が描かれています。熱き、ではなく「温き」という表現が、お題をふくめた「暇日」という言葉とその質感をいっそう際立たせています。張り裂けるような恋とは違う、けれど確かな温度のある一首。


■ アザラシが拍手を終えて一枚の休暇届けを差し出した午後
   (中村梨々)
今回のお題でいちばん好みだった歌です。メタファ、でもいいんですけど、まずはあえてそのままの風景として読みたいです。コミカルな空気、時間、歓声。あかるい日なたの演出の一方で、曲芸のアザラシを見ることで匂いたつもの悲しさ、哀愁が「休暇届け」というアイテムで一気に具象化されます。なんかこう、両ヒレでしずしずと、館長に差しだしてる姿が、そしてペタペタと去っていく背中が見えるじゃないですか。そこで一気に、情景が読み手自身のものとして立ち上がってゆく。いいなぁ、好きです。


その他にも、

■ 遠き日の寸暇を惜しむ父の手が魔法をかけた庭に梅咲く(emi)

の歌に惹かれました。堅実で、しみじみと。いいですね、「魔法」という言葉のチョイスが印象的でした。生活の手、それによって生まれる結晶は、有限である命が時を結ぶという奇跡であるのかもしれません。季節もちょうど、今。