鑑賞「030:牛」

1〜250首からのステキ短歌です。「牛」、よかったなぁー。全体的にわりと好みのものがいつもより多かったです、つややかというかね。食材を歌うとき特有、同じライン上にある慾を想起させるからなおさらかもしれません。


■ まだ牛のかたちで吊られ無菌室を夢みるようにまわる肉塊
   (ひぐらしひなつ)
食肉処理場のひんやりとした空気と機械音を感じます。いまは牛と肉の中間の姿でゆっくりと流れすすむ、致命傷を受けてほどない肉塊、ねぇ、ねぇはやく、って、欲望のままに奪われてしまえば、あとは意のままに捌かれることの恍惚。欲望の残酷さと私たちの本能。目眩のするほど上質なメタファ。


■ まっすぐでなかったことが降りてくる牛蒡ささがく黄昏どきは
   (西野明日香)
夕刻っていうのはそういう時間帯ですよね。くわえて、その黙々とした作業。ボウルのなかに牛蒡がしんしんと積もるように降りてきた、そのゆがみを、否定するのも肯定するのも、表出させるのも押しとどめるのも、狂いだ。そうおもいます、どうしたって、この一歩一歩は。


■ 牛乳が熱くてできた火傷とはちがう痛みの舌をなだめる
   (五十嵐きよみ)
さっきなにがあったんですか。反芻してるんですね。なんかこう、上のひぐらしさん西野さんの歌とすごくいい温度でシンクロしあってるようにも感じました。シンプルだけどいいエロス。好きです。


■ 「とつぜん、牛。とつぜんの雨。とつぜん、血。とつぜんさよなら。どれだと思う?」
   (間遠 浪)
不意の雨にぐっしょりと打たれ、ふにふにになって帰宅したこともそれがどーしたよ、って自己ツッコミしたくなるくらいの他候補です、これはキた。こういう牛の活かしかたがあったのか。しかしこれ、確実にどれかなのか。どれだろう。どれだろうったら。


■ 牛柄とダルメシアンの中間だ 白ワンピとか着なきゃよかった
   (笹本奈緒
これは……っ 雨の日にバシャーー! ってやつでしょうか、ぐうぅ、泣いちゃう。きっとデートだったんだろうな。いや、ヘタすると待ち合わせ場所に向かってる途中だったりするかな。だいじょうぶ彼は言ってくれるはず、君は牛なんかじゃないよ、ちょっとダルメシアン寄りだよ……!(慰めになってない)


■ 死ぬことをためらうぐらい永遠にわたしの前を行き過ぎる牛
   (みち。)
のんびりと大量に、ムーモーブモーー鳴きながらそれこそ天の川みたいに流れてるんだろうなぁ、延々と。「死ぬこと」っていう冒頭が強すぎるかなとも感じたんですが、この情景の救いの匂いがなんだか、いいなぁっておもったのでした。ほかん。。と、かるく口を開けたまま立ちすくむ、身の充実。ね、生きて。いこう。