鑑賞「029:くしゃくしゃ」

1〜240首のなかからステキ短歌をピックアップします。お題との絡みとしては「笑顔」、くしゃくしゃな笑みがいちばん多かったです。あと、ひらがなのフォルムの影響からか、ネガティヴを詠むにしてもやさしく、やわらかに詠まれてました。言葉って、意味もそうだけどフォルムの影響を多分に受けますよね。これが「クシャクシャ」だったなら、きっと違うタイプの歌であふれていたはず。日本語のひとでよかった、って、こういうときいつもおもいます。


■ 揺れて聴くしゃくしゃく耳がかさなって二人でしゃがむ雨のローソン
   (木村比呂)
いきなり変化球です。しゃくしゃく。擬音語ってそのひとのセンスが出ますよね。もしくは姿勢。攻めの姿勢で紡ぎだされた気持ちいい擬音語に出会うとそれだけで得した気分になります。雨ふりでも外で二人ちょこんと過ごすその距離感。「耳がかさなって」という距離感。甘酸っぱい。


■ くしゃくしゃな白きハンケチ今日だけは正方形にたたまれており
   (伊藤夏人)
あのこに。貸したんですね。貸せた、んですね、急なシチュエーションにこんなくしゃくしゃしか持ってないのに彼女は快く使ってくれて、洗ってアイロンまでかけて、返してくれたんですね。……で、どうする? どうするよ? なにって、次だよ次! ぐあぁ、けどどうやって誘えばいいのさ! って嬉しとまどってるのは話者だけじゃなくハンカチも同じみたいだ。オレこんなきれいにしてもらったことないのに。。どうしよう。。(←ハンカチの声)。……こういう妄想(暴走?)読みはダメですか(笑)。心理的には遠くないとおもうんだけどなー。文語体での冷静な観察描写であることで、話者の視線(と思考)がハンカチ(の整ったさま、つまり彼女)にロックされ、思い巡らしているだろうその感情がなんなのかをありありと読み手に伝えています。浮つくこころを浮つかない言葉で紡ぐ。いいですね。


■ そうやって頭くしゃくしゃつかむけど好きになってもいいんですよね
   (月下燕)
そうなんだよ。。そうなんだよ! もうこれはそのまんまです。そのまんまですよもう。(なんというコメント・笑)ちなみに私はこのお題でこれを詠みました。このおそろしいリンクっぷり。
 ・白線を守って喘ぐ くしゃくしゃと頭を撫でてふたり笑って(石畑由紀子


■ 塩化ビニールのかおる子の胎で二十年もくしゃくしゃだった英字新聞
   (我妻俊樹)
かおる子は安価な空気人形で、「胎」とあるあたり多分ダッチワイフなんですけど、その胎がタイムカプセルように二十年前の世界を孕んでいたさまを話者が冷静に見知しています。新聞とともに二十年を眠っていたかおる子、かつての日々が文字で息を吹き返したところで見知らぬ世界、かおる子に息を吹き込んで生身の話者ひとり。なんかこう、孤独であることにこころが乱れていない、とてもしずかな水をたたえる話者のたたずまいを感じます。それでいてダッチワイフという、この異様なコントラスト。我妻さんはやっぱりうまいかただとおもう。


■ 金曜日なんかくしゃくしゃしたものを受話器の中に押し込みました
   (鯨井五香)
むしょうに気になった歌です。はっきりとはわからないんですけど、誰のおしゃべりも助言も聞きたくないくらいイヤな気分なのか、逆にいいことがあったのか、どっちかかなぁって。「くしゃくしゃ」の語感や曜日から連想すると前者っぽい。受話器はおそらく会話という行為のメタファ。うんざりしてる、けどどこかとぼけた感じのかわいい歌です。