『題詠blog2009』001〜100(石畑由紀子)

001:笑
目覚めると輪郭だけが残っていた はまって遊んだあとで、笑った


002:一日
ソファの上に速度の違う一日あり胸とくとく打つ猫と私と


003:助
いまはもう見えなくなった補助輪のかろかろ我の胸に鳴り在る


004:ひだまり
物陰は数時間後にひだまりとなってふたたび物陰になり


005:調
まなざしを転調させて駆け上がる靴音ふたつ鉄塔に響く


006:水玉
彼女が夜戻らない日は水玉のネクタイが合図 おはよう、好きよ


007:ランチ
同僚の恋のはなしを不可思議な水越しに聞くゆらめくランチ


008:飾
飾られてガラス細工は夢をみる汚れた指に犯される明日


009:ふわふわ
独り言にすらできない愛されかたをしました 終電ふわふわと待つ


010:街
つないだ手にビー玉しのばせて君と正しき街を放火しにいく


011:嫉妬
しゃわしゃわと濡れそぼってくアスファルトに嫉妬していたビー玉の夏


012:達
街じゅうに言い訳にじむ赤信号は迷子の大人達にやさしい


013:カタカナ
二十歳にして戸籍の衝撃、三千代先輩「三千代の“チ”だけがカタカナだった!」


014:煮
胸で食むうさぎを鍋で煮る 白くさみしんでゆく背中のカーヴ


015:型
新型なら上書きができるんだろう 消しゴムかけて毛羽立ちに、泣く


016:Uターン
撥ねたのは過失なんです、(Uターンしてから二度目はゆっくり轢いた、)


017:解
解くことが答えではない ポケットの中でちりりと燃える知恵の輪


018:格差
あおぞらに拡散してくポプラの綿毛ぽつり見上げる恋の格差よ


019:ノート
「圏外」になったこころで抱き合ったアストロノート《コスモスよ、咲け、》


020:貧
草食の君に差しだされ熟れたトマトに歯をたてる貧血の朝に


021:くちばし
くちばしで穴をあけ幹に棲みます私そのように君に棲みます


022:職
熱病に抗えぬまま君に手をのばす殉職への序章(プレリュード)


023:シャツ
なにひとつ約束はない 安定の利いたシャツを剥ぎからまる逢瀬


024:天ぷら
やさしいね海老天ぷらの半分のすり身のように口づけるひと


025:氷
みぞおちで燃える氷に指先の皮膚を削がれる共犯の朝


026:コンビニ
アクアリウムとして青白くコンビニあり迷子のサカナ二十四時半


027:既
既製服としてあなたの愛を着る 袖は長くて胸は苦しい


028:透明
ペットボトルを透明と呼ぶように私の指はすり抜けられて


029:くしゃくしゃ
白線を守って喘ぐ くしゃくしゃと頭を撫でてふたり笑って


030:牛
口は穴 落ちずにふたりやわらかく煮込まれた牛舌噛みちぎる


031:てっぺん
片目とじて高層ビルのてっぺんを愛撫するほど遠いきみの背


032:世界
くちびるが世界、とひらき漏れ落ちる欠片のなかにわたしは棲んで


033:冠
カレンダーに王冠を描くもう二度と逢うことのないひとの記念日


034:序
ほねになるただしい順序があることを父を哭かせて知らせた友よ


035:ロンドン
パリ/ロンドン時差一時間なにひとつ失ってなどいない、はずだ、


036:意図
「火曜だから火事なのよ」ってくちびるは誰への意図でうるんでいるの


037:藤
傷めつけた互いのこころ藤色に咲いてくちびる寄せる「きれいね、」


038:→
貼り紙の《順路→》を追って抜けた先に鈍器を持った彼女が立ってた


039:広
広域をクリックしつづけてやっと見つめる正しい距離がわかった


040:すみれ
薬にも毒にもならない恋なんてお前が言うな すみれを食べる


041:越
五線譜をスラーでひらり飛び越えるかなしくなんかないよララララ


042:クリック
どうしてもピッチの上がるメトロノーム恋をしてるの?クリッククラック


043:係
連弾のふたりの傍らで譜面をめくる係です 壁の花です


044:わさび
きもちよくなければきっと永遠だったかなしくないわさびしいけもの


045:幕
紅い血でひとを裏切る劇をみて幕間にきみの小指を噛んだ


046:常識
常識にも旅をさせます手始めにロールケーキを縦に切ったり


047:警
警笛もきっとまぶしく見ただろう白線越えたあのつまさきを


048:逢
もう言葉におさまってしまう君これで逢うのは最後ほんとに最後


049:ソムリエ
恋人か友人かなどどうだっていいじゃないのと野菜ソムリエ


050:災
デュッセルドルフとつぶやき舌にやわらかくなぶられている災い、あまく、


051:言い訳
言い訳をされるならまだ大丈夫 わらう彼女の目尻の深さ


052:縄
上空で君があやつる投げ縄のひゅんひゅん背中の耳で聴いてる


053:妊娠
私という宇宙を妊娠した宇宙三十九年前のほほえみ


054:首
首筋を舐めあげた舌がふるえていたから組み敷かれたまま赦した


055:式
数式の左岸右岸をむすぶ橋そのように「愛」の言葉はあった


056:アドレス
今度こそ恋には落ちない アドレスは登録せず押す返信ボタン


057:縁
額縁が黒に変わってなお香る肩ごしの血が生きよ、と言った


058:魔法
遠い日の魔法の延長上にある食卓にのる茄子の煮浸し


059:済
逢うごとに指を呑みあう救済の及ばぬ場所へひくく流れて


060:引退
とくとくと心音ふたつ引退のできない道に母子手帳咲く


061:ピンク
裏切ってもいいよきっと好きなままだよ切立つ塔に被せるピンク


062:坂
君を傷つけられるのは私だけ登坂車線の右側を行く


063:ゆらり
「嫉妬したこと、ありますか」不意に目と胸を射貫かれゆらり傾く


064:宮
母を生みたかった 途切れゆく道で子宮のドアをさし示す指


065:選挙
繋がっているのか 引きずるスリッパの音だけひびく選挙会場


066:角
メレンゲの角がきれいに立ったから決心をする午前二時半


067:フルート
誰とでもこうなるわけじゃ、ないです、から、抗うフルート だから恋した


068:秋刀魚
記念日のグリルにならぶ秋刀魚二尾 胸の苦みもおいしくなぁれ


069:隅
胸の隅忘れられない影のあるままでいいんだ君と生きたい


070:CD
渡されてかけたCDどの歌詞が暗号なのか思案している


071:痩
いかないで 痩せゆく糸に振動はゆるいサイダーみたいに消える


072:瀬戸
ガラス越し押し黙りある瀬戸黒ににじむ数多の人間模様


073:マスク
やさしみの湿度でマスクはけむりゆきヴィルスと呼ばれるものと眠った


074:肩
顔のない男がわらう 肩ごしの陽に射貫かれて退路は消えて


075:おまけ
おまけしてもらった林檎齧りながら昨日の愛撫の場所をかぞえる


076:住
君の住む街の天気を先にみる癖がつきました お元気ですか


077:屑
ブリリアントカットの終えた卓上の石屑かき集められてまたたく


078:アンコール
泰造の夢駆けめぐる落日のアンコールワットはしずかに燃えて


079:恥
太宰ほど誇れる恥のない午後の舌先でころがすユスラウメ


080:午後
午後ティーの甘くなりゆく恋だから永遠みたいに笑ってみせて


081:早
早口になるからわかる 今回は許すかどうかまぶたで迷う


082:源
電源を切ったつめたい指先が私の花をふるわせて、夜


083:憂鬱
中島の野球の誘い待ちながら日曜夜の憂鬱を飼う


084:河
横たわる河をいつもひとり渡ったこの身も河のひと粒として


085:クリスマス
クリスマスのやさしい嘘で生き延びたこどものような恋をしている


086:符
ふっふーん 正解のない毎日に寄り添うように音符は歌う


087:気分
水槽になった気分だパクパクの金魚が指にばれてしまって


088:編
死者はみな川に編集され今はまあるい角しか思いだせない


089:テスト
教室の窓からすらり離陸したテスト用紙が彼女の答え


090:長
長針よりすこしだけ鼓動の遅いおとこの人ときのう眠った


091:冬
オリオンの肩から冬の大三角 ほんとうはいつも答えを、知ってた、


092:夕焼け
ブランコの伸びゆく影に気づかれて わたし夕焼けになるしかなくて


093:鼻
"You've got a strange slope...," 眉間から鼻先、跳んでくちびるに止まったデヴィッドの指


094:彼方
飛べるんじゃなくて飛ぶしかないんだとつばさは言った ツバメ彼方へ


095:卓
私だけを、という歪んだ夢をみて卓上の檸檬が暴発した


096:マイナス
悩んではいない迷ってもいない振り切ってるだけだマイナス/プラス


097:断
指にまだけもののにおい ふたりそっとつなぎ横断歩道をわたる


098:電気
(しんしんと電気のふりつもるセーター)(蜜柑剥く指とめてあなたは、)


099:戻
夜明けごと少女に戻る祖母の手を握るとりどりの名で呼ばれながら


100:好
欠けていて月うつくしい 間違ったままで私はあなたが好きだ