鑑賞「027:既」

1〜233首のなかから、これは!というお気に入り短歌をピックアップします。今回はぎゅっと凝縮して二首の紹介です。わりとこう、難しいお題でしたよね。これは私個人の感覚かもしれないけど、たとえば「既に」っていうフレーズ、今回はこれがいちばん使いやすかっただろうものの、私には「すでに」を漢字で記す習慣がないので、お題のためだけにそこを漢字表記にするっていう妥協をしたくなかったんですよ。だから自然と熟語をチョイスするしかなかった。ちっちゃなことと言えばその通りなんだけど、こう、逆にそこまで考えることで歌が自分のものになっていく、そんな気がしてます。嗚呼、私、漢字ひらがなカタカナの国のひとでよかった。


■ 現代に既に通用せぬ本に挾まれてゐる蚊の二三匹
   (酒井景二朗)
この「既に」は歌のなかでがっちりハマってますね、やっぱりこうじゃなくちゃ。「現代に既に通用せぬ本」って言い回しがしびれます。どんな内容の本だろう。天動説の本? 甲州流軍学? アーカイヴ以外ではもはや必要とされなくなった書物の、確かに生きていた知識のその名残りとして、かつての生身が張りついている、このクローズアップ感が素敵です。


■ 既婚者だという事実がブレーキにならないくらい加速して海
   (岡本雅哉)
こころのスピードと連動するようなカメラワークが光ってます。たぶん直前はカーブ、急いて急いて危険とかもうそういうこと考えられなくなって、無我夢中でハンドルを切った先、眼前に広がるおだやかなまぁるい、海。キラキラしてるね。