鑑賞「038:空耳」

どんどんいきます。っていうか我ながら更新が極端です。。ドカンと一気にやらなくていいから毎日ひとつずつやればいいのにね。って、そんな器用にいかないから人生おもしろいんですきっと。(いきなり話が大きい)
それではTB1〜136のなかから一首をぎゅっとピックアップします。


■ わたしたちずっと九月を生きている残照と空耳のルフラン
   (キキ)
ルフラン。リフレインのフランス語です。残照は在ったものの名残り、空耳は在るかのように受けとった存在しないもの。歌全体がひとつの湖だとして、ワードのひとつひとつが水面にできたいくつもの輪のように呼応しあい、虚構と余韻が乱反射する黄昏の空間ができあがっています。想像、してみてください、それはこころのいちばんやわらかい場所が、麻痺するようなあまやかな風景です。九月という秋の入口にとどまり続けることの意味もふくめ、そのあたりをヒントに歌中の「わたしたち」の関係性とその想いを探っていけそうです。
ねえ、過ごすなら。春のくる冬がいいですか。それとも、永遠の秋がいいですか。