鑑賞「037:奥」

本日三つ目のお題、TB1〜132のなかからのピックアップです。


■ 倒錯の奥の奥処に生まれたるこれもきっと誰かの盗作
   (秋月あまね)
この感覚すごくよくわかる。『自作』って、『私の言葉』って、一体なんでしょうね。私たちは先人の時点ですでに大半の言葉を生みつくしてしまった。残っているのは、編みかただけなのかもしれません。そして多くは、それすらも自作という幻なのかもしれず。冒頭「倒錯の」による意味上・響き上の効果か、歌中の「盗作」の言葉もここでは重くなりすぎず、奥処にて生まれたその歌の中であまにがく横たわっているイメージです。このあまにがい絶望感を、それでも、いつかは突き抜けてみたいとおもうのです。


■ 耳の奥たゆたう海をあふれさせざざんざざんと歩く夏の夜
   (高松紗都子)
三半規管からあふれた海が、バランスを保っていた日常を侵食して。夏はそういう季節なのでしょうね、抗えない力によって気づけばその沖に運ばれている。けれどそれはほんとうは、すべて自らの内側からやってきたものなのだと。ひとのいのちの根底に眠る欲望と、やがて引いていくものとしての海の風景が魅惑的に、詩的に描かれています。「さざんさざん」というオノマトペの迷いのない感じもいいですね。


ほかにもたくさん印象的なお歌がありました。大漁!


■ 待つてゐる白い便器が薄暗い廊下の奥の狭い部屋には (新井蜜)
昭和の住宅が見えました。そしてどこか夏の夜の怪談めいて。白、って暗闇でほの明るく発光してるイメージなんですよね。旧かなづかいも効いてます。

■ 冷蔵庫奥でしんしん冷えていく父のビールと春子のサイダー (なゆら)
嗚呼、これはきっと瓶ビール。瓶のサイダー。内側にしずかにたちのぼる泡のひとつぶが見えるようです。春子もいっちょ前な顔をして父のとなりで飲むんだろうな。なごむ。

■ 奥付は昭和の日付け図書館の書架に黄ばんだ向田邦子 (五十嵐きよみ)
平成の世を知らない向田邦子氏の、書籍もまた、図書館所蔵ゆえに重版前で平成の分身を知らずに眠っているのでしょう。本という名の、タイムカプセルみたい。