鑑賞「016:館」

いつになく頻繁に更新が続いています題詠blog鑑賞です。いや息切れなんてしてませんよあははははぁぅぅ。私も鑑賞で完走を目指してます、外に向けて紹介していながらこう言うのもヘンだけど、継続そのものは自分自身のためですね。マラソンとはきっとそういうスポーツなのだ。
TB1〜170のなかからのピックアップです。途中お題を「図書館」と勘違いするほど図書館オンパレードでした!笑 図書館だいすき。なにか書きたくなると図書館行きます。ここの鑑賞文の下書きもけっこう図書館だよ。好きなお歌がいっぱいあったよ。


■ 恋人は司書かもしれぬ図書館の閉架のような私を容す
   (秋月あまね)
これいいなぁ。閉架という言葉のうつくしさ。ひんやりとしたたたずまい、たやすく誰もが踏み込めない空間、そのあれこれは司書だけが把握しているんですね。背表紙をすすすと横になぞりつつ、探し当てた指先にくんっ、と引かれるのを「私」は待っている。しずかだなぁ。しずかで美しいもの大好き。もしかするとこれは偶然かもなんですけど、各句の頭の音がそれぞれカ行(恋人)、サ行(司書)、タ行(図書館)、ハ行(閉架)、ワ行(私)、棚の配置で言えば同カテゴライズの奥へ奥へとどんどん入りこむ構造になっていて、閉架空間のより深く、こころのより奥深くを連想させるようになってるんですね。意図した構造ならさすがだし、そうじゃなくてもこの歌の持つ魅力だとおもいます。


■ 待ち合わせ告げる館内アナウンス愛媛から来た田中さんの春
   (越冬こあら)
ほっこり。慣れない街の館内で、けどもうすぐ逢えるのね。愛媛っていうチョイスも良いですね、地理的にも字的にもイメージにぴったりでとてもいい。想像するに多分この舞台の街もそんなに大きくはなくて、歌として詠まれた背景を考えると普段はほとんどその街の人間しかアナウンスされないような、よその地名が新鮮に耳に残るような条件の、それでいて大きな目印となる場所。地方都市の大きな百貨店とか、市の公共施設、それこそ図書館とかね。何気ないアナウンスにふと人が意識を留め、ひととひととの対面に想いを傾ける。春ですね。


そのほかにも、

■ 花言葉だけを集めた図書館で窓を毎日磨いています  (龍庵)

■ ひっそりと砂になる夜 恐竜が博物館の扉をあける (中村梨々)

■ 図書館にそれぞれ夢を持ち込んで閉架の奥に眠る八月 (音波)

■ 図書館を抱いて沈んだ陽だまりの表面に浮くきれいな油膜 (久哲)

などのお歌に惹かれました。龍庵さん、かわいらしさだけでない、かなしみを経た人のこころを感じます。中村梨々さん、長身の恐竜が短い前足でぎゅる、とノブを回す光景が見えるよう。いまこの時を生きていて、なお生きた時間とはなにかと考えます。音波さん、永遠とはひとときであり、ひとときが永遠となる、日本の八月とはそんな時間。夢、込、閉、奥、眠、文字にみるイメージの統一感。久哲さん、上の句の秀逸。そこにたたずむ静謐な温度の、ゆたかさ。「きれいな」にやや既製感があるかもとも思いつつ。透明なコクーンみたいね、私の前で秘めやかに、ゆらめくもの。