鑑賞「006:サイン」

さて、続いて今日ふたつめのお題紹介です。TB1〜186までのなかからピックアップを。印象としては、えと、サイン・コサイン・タンジェント祭りでした。笑。さすがにこのフレーズでは、よほど突き抜けないと印象に残ることは難しいかもしれません。それでも、一首だけ雰囲気いいなーって感じたものがありました。三角関数、15歳の机の日々。けど三角という形には、大人になってからもさまざまな苦悩があるね。もともと数学と心の機微をリンクさせる表現は好みなので、そういう部分が存分に押し出された歌があったなら、きっととても好きでした。


■ 閉店した場末の飯屋一枚の芸能人のサインを残す
   (K)
この場末の飯屋には、もともとサイン色紙が一枚しかなかったんでしょうか。それとも、ほかにもあったけれど惜しいものは回収された末に残された一枚なのでしょうか。いらない、とされるかのように客足が遠のき閉店した店もまた、いらないサインを置いてきぼりにすることが可能なのでした。がらんとした店内風景は、人のこころが成す絶えなき取捨を物語っています。しずかな秀作。


■ 砂時計の砂が速さを増してゆくサインに首を振った夜から
   (イノユキエ)
具体的なシチュエーションは描かれず、心象風景として砂時計が置かれています。サインに首を振る、ということは、先行きを対象に委ねるのではなく自身の意志で動かんとすること。ただ、話者はその肝心な機を決めかね、動けずにいる、その焦りが、砂の落下速度の錯覚に見え隠れしています。対象だって無限に自分を待ってくれるわけではないのです。シチュエーションをより鮮明に明示してもいいのでは、とも感じたんですが、「夜」とあるあたり、おそらく男女間の話と受けとって間違いはなさそうです。いいですね。


ほかには、

■ 好きでした賀状の隅のひとことで届かぬ過去のサインに気づく (藻上旅人)

■ 「ひとさらい」のサインの文字は春の陽に微睡むやうに笹井宏之 (今泉洋子)

などが印象に残りました。どちらも紙の上にひっそりと、けれどそこから鮮やかに存在感をはなつ人。逆戻りせぬ時のなか、人に想いをはせる人のこころ。すてきです。